「助けてくれ、誰か助けてくれ」
暗い森に、男の声が響いている。
「助けてくれ、誰か助けてくれ」
崩れやすい土の崖の中ほどに、男がぶら下がっている。
男がつかまっているのは、崖の上から垂れている細いツタだ。そのツタも、男の重みで次第に土から抜けて、ずるり、ずるりと男の体はずり下がっていく。崖の下は、暗くよどんだ底なし沼だ。
「助けてくれ、誰か助けてくれ」
暗い森に、男の声がむなしく響く。誰かが通りかかる気配はない。
少し離れた場所に、もう一本のツタが垂れさがっていた。手を伸ばせば届きそうだが、男はそれを見て言った。
「だめだ、だめだ。あっちにつかまって、もし一気にツタが抜けてしまったらどうする。そんな危険なことができるものか」
ずるり、ずるり。男はなおも底なし沼に向かってずり落ちていく。
さらにもう少し離れた場所に、崖から横向きに生えている小さな木があった。ぎりぎり飛びうつれそうだが、男はそれを見て言った。
「だめだ、だめだ。飛びうつるのに失敗したらどうする。それに俺は子供のころ、登った木の枝が根元から折れて落ちた友だちを見ているんだ。そんな危険なことができるものか」
ずるり、ずるり。男はますます底なし沼に向かってずり落ちていく。
「助けてくれ、誰か助けてくれ」
暗い森に、男の声だけが響いていた。
男がどうなったか、誰も知らない。
2009/07/06